3   


口を開けて摩天楼を見上げていた。


今どき時代遅れにも巨大なラジカセを肩に担いだ大きな男が
目の前を通り過ぎてゆく。

そのままのしのしと銀行の玄関から中へ入っていったと
思う間もなく鳴り響くサイレン、はじける銃声、脱兎のごとく
飛び出してきた姿を見れば右の脇には紙幣の袋を3つもかかえ、
左の手には相変わらずのどでかいラジカセ、と思いきやそれを
器用に盾につかって飛んでくる銃弾を受け止めているのだった。
スピーカーには次々に大きな穴があき、それでも健気に鳴り続ける
ヒップホップのビートは男が風を巻き上げて目の前を通り過ぎた
瞬間にドップラー効果で音程が下がった。
(歌詞でいうとちょうど「マザ」と「ファッカ」の間のところ)
あとに残ったのはひらひらと風に舞う数枚の100ドル札のみ。
それもタイヤを鳴らして猛スピードで追いすがるパトカーの助手席から
伸びた警官の手がすべてかっさらってゆき、全部取ろうと無理したせいか
パトカーは片輪走行で激しく曲がりくねって道端の消火栓に正面から
激突すると勢い良く吹き上げる火柱そして水柱、おばあちゃんが
おひねりを投げる。

右のほうのビルのてっぺんが突然大爆発すると炎の中から飛び出して
スローモーションで西海岸へ向かって飛んでゆくのはさっきの男で、
炎につつまれながらも鋭い目付きで自分の胸を親指で指しながら
なにかをアジテートしているのだがやはり「マザ」と「ファッカ」しか
聞き取れない自分の語学力にはげしく郷愁をさそわれ、帰国を決意した
その瞬間、背後からがっちりと両の手首に手錠がはめられ、尻ポケットから
粉の入った小さなビニール袋が取り出された。

「…あっ、それ、龍角散です」

通じなかった。




<prev          next>