[ Armed memory ]

by Jim Young
「アームド・メモリー」 by ジム・ヤング

 「うっかりサイバーパンク」でした。
 つまりカバーに書かれた「ギブスンを彷彿とさせる」だのなんだのという惹句をうっかり真に受けて名も知れぬ作家のスカな洋書を購入してしまうという、若気の至りのこの一冊。もう五年以上も前のこと。読んで、ガッカリ。それもまた縁。
 過去にいろんな人が言ったとおり、「読むよりもあらすじだけを聞いたほうが面白い」、こういう本こそまさにSFの王道と呼ぶべきなのではないかというわけで、金よりも読むのにかかった時間を返してほしいです。
 どうせ邦訳も出ないだろうということでこれから長々とあらすじを書きますが、これは「せめてネタにして元をとりたい」という気持ちからのものです。典型的な「あらすじ美人(by Mercy Snow)」であることを心に留め置きください。

ジョニイはいつもウロコを欲しがってた…

「ミクロード(microde)」なる肉体改造法がポピュラーになった近未来。デザイナーズブランドが製造する調整ウィルスに感染することによって遺伝子レベルで肉体を造り変え、美男美女になるのも想像上の生き物になるのも思いのまま。各ブランドがシーズンごとに新しいスタイルを発表し、巨大なファッション産業に成長していた。

そんなテクノロジーから生まれた新たな脅威が、「ハマーヘッズ」と呼ばれる謎の宗教結社だ。アジアに起源をもつこの集団は、ミクロード技術によって全員シュモクザメ(ハマーヘッド)のような姿に肉体を改造し、つまりは頭の両脇におおきな突起があって、その先に目玉がついている。恐ろしいのと笑えるのがちょうど半々くらいの姿。これがしばしば大都会に現れて、無差別殺戮を引き起こしたり、市民をさらっては洗脳とミクローディングでハマーヘッズの一員に造り替えたりなどして、人々を恐怖のどん底に突き落としているのだ。彼らの教義とは、生命は進化の過程で決定的な進路選択の過ちをおかしており、サメこそが生物の究極の姿であって、人類はその段階へ進化の過程を逆戻りしなければいけない、というものなのだった。

この異形のテロリスト集団に公然と対決の意志を示したのが、主人公ティムの幼なじみであるジョニイという男。彼はミクロード業界のトップに君臨するデザイナーで、全身ウロコに覆われたトカゲのような姿をしており、自分がいにしえのロックバンド、ドアーズのジム・モリソンの生まれ変わりだと信じ込んでいる。彼にも進化についての揺るがぬ信念があって、爬虫類こそが生命の究極のあり方だというのである。ドアーズの曲を聴いていてこのことを確信したのだと、彼は主人公に語るのだった。本人の言葉によれば次の通り。

 ジョニイの信念に当惑を隠せないティムだが、つてを頼ってジョニイの会社に勤めることになった手前、否応なしに事のなりゆきに巻き込まれてゆくことになる。
 かくして、邪教集団ハマーヘッズとジョニイ率いるミクロード企業との戦いが始まった…!


 というわけで、遺伝子を自由自在にいじれるようになって人工の進化への道がひらけたときに、まったくの反動とも言える、それぞれ異なる逆戻りの進化の道へ進もうとする二つの勢力(つまりサメ(軟骨魚類)派爬虫類派)がテクノロジーを駆使して激しく争う、というまるでブルース・スターリングの「スキズマトリックス」のようなわくわく物語が展開される予感は読み進むうちにみるみるしぼみ、さみしい読後感がのこりました。

 まずは、ミクロード産業の「ファッションっぽさ」というか「カルチャーっぽさ」が弱いのが残念。人々がミクローディングで変身したがる美男美女の例として、エルヴィスやマリリン・モンローを持ち出すのはいくらなんでもダサすぎます。東京タワーの蝋人形じゃないんだから。それこそギブスンみたいに、ソニー・マオだの、アーリアン・レゲエ・バンドだのという珍妙でかっこいいネタを繰り出してほしかったところです。
 主人公は魅力のない傍観者タイプで、ほとんどストーリーに関与しません。サイドストーリーに登場するウルリッヒという小悪党(途中でハマーヘッズに誘拐され、改造されてしまう)の方が魅力的でした。
 そもそも、彼自身も入社の条件としてミクロード処置を受けることになるのに、その結果の容姿とか、身体感覚の変化についての描写がほとんど無いのがつまらないのです。内側からそれを書かないでどうするのかと。「変身の最中は全身がかゆくなった」なんていうのは別にどうでもいいですから。
 そのとち狂った信念についてほとんど語られないうちに(そこが一番面白いところなのに!)ジョニイがハマーヘッズのテロ攻撃をうけてあっさりと退場してしまったり、「そうだ、お祖母様なら!(ヒロイン談)」と、読んでるこっちの腰が砕けるほどの唐突さで財力とテクノロジーにものを言わせた万能キャラ(お祖母様)が出てきて主人公たちを無理やり地球規模の視点に引っ張り上げてしまったり、物語の運び方のまずさやご都合主義があちこちで目につきました。

 主人公をたすける相棒の男がミクロード改造で半人半馬(ケンタウロス)の姿になっているんですが、これが「俺はもう人間の女には興味ねえなァ…雌馬の方がいいや」と牧場の馬をうっとりと眺めながら言う場面とか、メデューサみたいに頭から無数の蛇が生えてワサワサ動いてる姿の女性に「うわあ、すごい改造だね」「ううん、これはウィッグ(スポッ)」…いや「スポッ」はなかったですが、まあそんな場面とか、あちこちに漂うユーモアは好印象でした。


 ところで、「ハマーヘッド(hammer head)」の名前は、中国のある種の犯罪組織を指す例の「蛇頭(snake head)」という呼び名から来てるのではないかといまさら思い当たりました。だからアジアなのか。なるほど。
 ミクロード(microde)は細菌を意味する「マイクローブ(microbe)」から来ているような気がしますが、発音は「マイクロード」ではなく「ミクロード」なんだそうです。発音記号つきで説明されてました。


(20030626)
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