待てずに読んだ

[ Distraction ]

by Bruce Sterling
「ディストラクション」 by ブルース・スターリング

 昔から政治には目がないブルース・スターリングが、21世紀半ばのアメリカ合衆国を舞台に描いた本格的な政治小説。であると同時に、ユーモラスな恋愛小説としての比重も高いのが特徴。つまり、いかにもスターリングらしいハイパーアクティブな主人公が恋に仕事に大活躍します。 ……いや、面白いんですよ?

 すっかり斜陽の2040年代のアメリカ。科学研究の成果が国益に還元されない悪循環の果てに、燃料費もろくにもらえない空軍は切羽詰まったあげく幹線道路を勝手に封鎖し、パンだのコーヒーだのを通行客に売りつけて金を稼ぐという有様。銃を持った兵士が車の窓を叩いて「暖かいコーヒーはいかがですか?お代はお志で」……そんなカツアゲ・エアフォースの牧歌的な光景で物語は始まります。
 なんの力もない政府に見切りをつけたアメリカ国民の大部分は経済システムから遊離し、疲弊しきった土地を後にして、居ながらにして国を棄てた自給自足の流民(ノマド)となって国土を放浪して暮らしています。
 プラスティック製の巨大なコンボイ・トラックに生化学プラントを積み、道路のアスファルトをひっぺがして燃料にしながら道端の雑草を処理して食用にするのだけれど、これがまた色とりどりのプラスティックじみた代物で、そんなものばかり喰ってる流民たちはどこにルーツがあるのか判然としないトライバル風味の衣装にじゃらじゃらとしたアクセサリー、顔にはペイントという姿。持ち歩くコンピュータの筐体も草からつくったプラスティック風の素材から出来ており、そのキーの配列は標準的な「QWERTYUIOP」と似ても似つかぬ「DHIATENSOR」(タイプライター黎明期に実際に考案された効率的なキー配置のひとつ)。金はなく、「尊敬」のポイントが一種の通貨の働きをする物々交換経済。


 主人公のオスカーは前述のとおり非常に大変ハイパーアクティブな青年で、睡眠は毎日3時間、なにかというと顔を真っ赤にしてものすごい早口でまくしたて、そのたびに周囲から「ちょっと大丈夫?」と心配されてしまったりする、ちょっと難儀な好青年。超人的なアクティビティにはちょっとした「個人的な背景の問題」、つまり出生に関する特殊な事情
が関係していて、そのために政治の表舞台に立つことも難しい彼は、上院選の中心スタッフとして高名な建築家を議会に送り込むことに成功したあと、ルイジアナ州にある巨大な半閉鎖系の研究施設(アリゾナの「バイオスフィア2」を大きくしたような外見)にもぐりこみ、ノーベル賞持ちの女性研究員を表看板にたてて組織の大改革に乗り出します。そこで行われている認知学に関する研究が国の未来を左右すると信じての行動ですが、それと同時にこの女性、細面に鋭い鼻のユダヤ系エキセントリック美女であるグレタ・ペニンガー博士に惚れ込み、まあつまり恋に仕事に以下略。

「どう扱えば科学はいちばん世の中の役に立つのか?」というのがこの長編の主なテーマでしょうか。それを、政治のプロと優秀な科学者のカップルを真ん中に据えて、両者による以下のようなやりとりを通して、わかりやすく掘り下げてゆきます。


 筋金入りの愛国者を自認する彼の気に掛ける相手はしかし政府ではなく、税金も払わずアメリカ中の根っこを抜いて喰ってまわってる根無し草の流民たち。「アングロ」と呼ばれるアングロサクソン系の人々の大半は、海の果てで領土を増やし続けるオランダを始めとするヨーロッパ全域に移住してしまい、いまやヒスパニック系の人々がマジョリティとなっている未来の合衆国。黒人らしきキャラクターがほとんど出てこないのが不思議だったんですが、最近ニュースでアメリカにおけるヒスパニック系住人の数が黒人を上回ったという話を聞き、なるほど、実際のリアリティとしてはそうなのかと納得しました。そんなわけで登場人物達の名前も「バンバキアス」「ペリカノス」など、耳新しいものばかり。ちなみに大統領はネイティブ・アメリカンの大富豪で、名前をトゥー・フェザーズといいます。アングロたちの流れた先のオランダとアメリカは第二冷戦(Second Cold War)と呼ばれる緊張関係に入り、オスカーの奮闘のバックグラウンドでアメリカは開戦にむかって着々と進んでゆき……。


 流民たちの存在のせいで、現代・近未来的な政治の駆け引きの物語であると同時に、どこか「三国志」や日本の戦国武将ものにも似た雰囲気がただよっています。テントの中での部族の大物との会見や、戦闘部隊を組織して砦を攻略するように科学施設を占拠するという場面などで、戦国絵巻風に盛り上げてくれます。

 下は、大群衆が渦巻くノマドの市場をお忍びで探索する主人公たちの場面。ここに登場するケヴィンという男は足の悪い白人ギークで、すでにさほど需要のないハッカーとしての技術を買われてオスカーのセキュリティ主任になります。



 例によって、ちょっとディフォルメされた人物たちがバタバタと元気に動き回ります。主人公の猪突猛進ぶりには作中の人物たちと同様に読者もときどき置いてゆかれますが、その暴走に対する周囲の(そして作者の)目はおおむね温かく、ほのぼのとさせてくれます。
 元気な主人公の一方で、彼とまっこうから対立することになるルイジアナ州の知事がまたいい具合にキャラクターが立っていて、バイオテクノロジーの信奉者である彼は研究施設から最新の研究成果を着服し、お抱えの科学者にそれをいじらせることでルイジアナ州をまったく異質な生態系に造りかえてしまい、そのことによって州民の絶大な支持を得ている、という設定。ガハハ笑いがよく似合う、バイオの田中角栄。こちらにもお抱えのノマド集団がいて、そういったところも実に戦国武勇伝な感じです。

 本作には、短篇「ディープ・エディ」や長編「ホーリー・ファイアー」に続くスターリング流ヨーロッパ小説としての側面もあって、登場人物によって語られるヨーロッパ諸国の姿を通して聞こえてくるのは、先の2作同様「みんな知ってるか?ヨーロッパってのはすごく古いんだよ!そして、根本的に異質なんだよ、わかるか?俺が肌で感じたこの異質さをわかってくれるか、アメリカの読者たちよ?」という作者の(身振り交じりの)大熱弁なのでした。スターリングがヨーロッパで受けた(とおぼしき)カルチャーショックの大きさが伺えます。
 一方、ノマド達の描写には、スターリングが数年前に体験した「バーニングマン・フェスティバル」というお祭りの影響があるのではないでしょうか。ネバダ砂漠のど真ん中にあらゆるサブカルチャーのはずれ者が集結してバカ騒ぎを繰り広げるという毎年恒例のこのイベント、大手blogのboing boingでボロクソにけなされているのを見るに、すでにおわってしまったムーブメントのようですが、スターリングは1996年の楽しい経験をHotwiredのコラムに書いています。




 アイデアの詰め込み具合は今回も(あくまでも初期の作品に比べれば、ですが)さほどではなく、あまり大ネタもありませんが、ノマドに関する描写はどれも楽しく、アメリカの根無し文化から無理やりでっち上げられた部族っぽさというのがとてもキッチュかつ魅力的で、映像として見てみたいと思いました。
 あと、個人的に気に入ったのは、建材が喋って指示してくれる、ハイテクなのに人力作業というコンセプチュアルな建築システム。データグローブを着けて建築現場にログオンし、喋るチップ入りのテープを建材に貼るとこれをシステムが認識して、「わたしは礎石である。わたしをそこに載せなさい。もっと右…もっと右…よし!」やたら偉そうに喋る建材をえっちらおっちら運ぶ実物大の積み木遊び。やりたい。


 ブルース・スターリングの文体について。
 スターリングの書く文には、勢いと歯切れのよさ、そして独特の大仰さがあります。大仰さは主に、なにかというとすぐ「totally」だの「entirely」だのという大げさな冠を形容詞にくっつけてしまうところからくるのではないかと思います。両手を振り回して熱弁するスターリング自身の姿が透けてみえるようで、微笑ましいといえば微笑ましいところです。その一方で、へたに文学的技巧に走らず、必要最小限の単語でざっくりとタイトに描写される情景には独特の味があって、巧くはないにしても、読みやすいし、けっこうカッコイイのではないかと個人的には思っています。「Zeitgeist」の冒頭、「雄弁な沈黙」の表現として"Starlitz very loudly said nothing."と書くとか、そんな感じの粋な言い回しがあちこちにあります。読んでいてとても楽しい文章です。
 ただ、そういうスターリングの文章を訳すときに、語数の少なさを日本語に反映させようとすると漢字の熟語を使わざるをえなくなり、その結果として堅い文章になりがちだということがあるのではないかと、短編集「タクラマカン」の原文と邦訳を読み比べてみて思いました。えー、要するに、「言われてるほどひどい文章じゃないんですよ」と言いたかったのです。大声で。身振りつきで。


(20030910)
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