待てずに読んだ



 
のろのろと進む読書の記録

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#20031011

 テッド・チャンあなたの人生の物語」。

 「理解」以外はすべて未読でした。お腹一杯のいま、「チャンとイーガン、どっちが好き?」と訊かれれば迷わず「チャンです」「チャンさんです」などと答える用意がありますが、SFとしてどうかというよりも、読み物としての完成度の高さが気に入ったというところが大きいとは思います。イーガンの「沈む前に次の足を出す」式の水上歩行みたいな危なっかしいアイデアの魅力も捨てがたいですが、チャン作品のどっしりと剛健な感じ、時間に磨かれた無駄のない美しさ、そして、「正しくドライである(と個人的には感じられる)」ところに高い点をつけたくなります。とはいえ、この湿度の低さもまた時間のなせるわざかもしれません。長い時間をかけてしっかり乾燥させて、旨味が凝縮されました、という感じ。専門店で売ってる魚の干物のような。一個1000円の貝柱のような。そんな高級感もしくは「大吟醸」感が贅沢な読書体験でした。そこまですごいものだったかどうか書いていてちょっと自信がなくなってきました。

 「地獄とは神の不在なり」が一番好きです。とても好みです。
 なにが好きといって、神をあつかった物語で、神がちゃんと人外の存在であるところ。暴虐な神というネタが小さな皮肉にとどまらず、大きな不毛さにむかって開けているところ。どちらかといえば「理解不能なエイリアンもの」のバリエーションの一つとして読みましたが、最後の文は、信仰を持たない者にとっては、真の信仰とはそういうものだとたしかに思える説得力がありました。

 次が「あなたの人生の物語」。
 異言語の習得が意識の変容を云々、というところでディレイニーの「バベル-17」を思い出さずにいられませんが、バベル-17という言語が使いこなすにはかなり高い知能が必要とされていそうなのに対して、こちらの異星文字から異星人の心を学ぶにはそもそも四次元方向に出っぱった脳みそを持っていることが必須とされているらしいあたり、はるかに上をゆく荒唐無稽さです。語り手が、娘にこの物語を語ることはあったんでしょうか。語ったとしたらどうなるか、を読んでみたいです。

 それから、「72文字」。
 最近、仕事でFlashのスクリプトと格闘しています。スクリプト言語というのはプログラミング言語の簡単なやつというか、麻雀に対するドンジャラのようなものというか、こんな説明しか出来ないところからしてお里が知れますが、まあ、要は三輪車で暴走族を気取る幼稚園児のようにプログラミングの真似事に興じているところなんですが、そういう状態でこの短篇を読むと、
『わたしの小名辞は(中略)ゴーレムに自分自身を動かしている名辞を書かせることができるだけの、ごく単純なものです』
 というくだりから
「これはターゲットとなるインスタンスのプロパティ名を取得するためのメソッドです」
 などというフレーズをつい思い浮かべてしまい、妙な具合にグッとハートを掴まれます。本職のプログラマの方はどう思うのか、べつになんとも思わないのか、ちょっと訊いてみたいです。
 このままこの世界が進んでいくと、そのうちに名辞を人間にも理解しやすい形に翻訳した人工の言語が考案されたり、それを名辞の形にまた翻訳しなおす機械(…コンパイラ?)が妙な歯車仕掛けで作られたり、名辞によって媒介される疫病が生物・無生物にまたがって猛威をふるったり、名辞でごはんがつくれたり、と、色々すてきな未来が待っていそうで、100年後くらいを舞台にした続編を書いて欲しいなあと思わずにはいられません。
 着々と発展してきた名辞科学がいよいよ宇宙生成の秘密にせまろうかというところで突然謎の存在が主人公たちの前に出現し、
「あなたの世界&あなた達は我々がコンピュータ上で走らせてるシミュレーションでした!ちなみにランタイムは現実時間で約30分。こんなヘンな世界なのに科学の心でよく頑張ったね!黙っててごめんネ!」
 そんな結末をいま思いついてしまい、さみしくなりました。夢オチによく似たガッカリ感。

「144文字の名辞も使えることがわかりました!」
「これは何としたことか!」
 そこへ虚空からとつぜん現れたメガネの男が
「アップグレードです」
「…えっ、有料?」

 それはそうと、コンピュータ資源のあり余っているであろう未来においては、適当な人工環境に(それぞれが自意識を備えた)人工の人物たちを放りこんでグルグル回してハイ、みたいな手法が物語作成方法の主流になるというのはいかにもありそうなことじゃないでしょうか。すべてのフィクションはつまるところ思考実験なのだし、「シミュレーション落ち」がフィクションとしていかに使い古されたネタであれ、そういった陳腐なフィクションをいちいち律儀に実在のものに変えてゆくのがまた現実でもあるわけで、そのようにしてシミュレーションの太陽のもと、虚構の男女が虚構のワゴンに乗って無駄に世界を旅したり、無闇に死人の出るメロドラマを繰り広げたり、どこまでも陳腐で下世話な、そんな未来がかならず来ると……または来ないと……どうでもいいと……(テレビ点けっぱなしのまま寝る虚人)

 あと、冒頭の「バビロンの塔」を読んで生じた疑問について、考えたり途中で投げだしたりしたものを別ページにまとめてみましたので、お時間がありましたらどうぞご覧ください。(→こちら




「トラルファマドール星から来ました」
「ああ、の……」
「違うって」




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Akiary v.0.51